「ねえねえ大佐、これからみんなでカッパ渕に行かない?」
 佳乃嬢がそう私に言い出して来たのは、9 日の早朝だった。軽く朝食を済ませたら霧島宅を出立しようと思っていたが、旅立つ前にこの地で観光者がよく訪れる場所を見るのも悪くはない。そう思い、私は佳乃嬢の提案を受諾した。
「時に”みんな”というのは、佳乃嬢以外も付いて来るのか?」
「うん。真琴ちゃんに、あと遠野先輩も誘ったよぉ〜」
「フム、そうか」
 どうやら他の参加者は真琴嬢と遠野嬢らしい。まあ、他に思い付くメンバーは女史くらいしかいないので、妥当なメンバーといえよう。しかし、自分以外が年端15、6の少女ばかりというのは何とも華やかである。女性とあまり面識のない男性から見ればさぞや羨む光景と言えよう。もっとも、それはこの遠野に来る前の自分も該当することであったが。
「ところで女史は行かんのか?」
「うん。お姉ちゃんは博物館の方でお仕事だから」
 あの女史の蘊蓄を聞きながら見るのも面白いと思ったが、仕事ならば仕方がない。親がいない状態では、女史が霧島家の家計の全てを賄っているのだから。
(しかしそれだと今日ここを出立する訳にはいかなくなるな……)
 新たに赴く地は、大概初めて行く見知らぬ地である。そういった理由から新たな地に赴く時は決まって早朝に出立し、現地の把握などに努めている。このままカッパ渕に向かえば、午前中を潰してしまうのは明白である。
(しかしまあ、今暫くこの地に居るのも悪くはないな)
 正直、今までの旅の中で”人の温もり”というものに出会ったことはなかった。私の旅はいつも孤高という名の漆で表面を彩った孤独と隣り合わせであった。
 もう少しこの地で人の温もりと接するのも悪くはない。昔の私ならそんなことは思いつかなかった筈だ。この地での女史や真琴嬢との交流が、自然と私をそう思わせるようになったのだろう。


第九話「祐一再び」

「どうも、おはようございます……」
 佳乃嬢の話によると、美凪嬢とは例の飢饉の碑で待ち合わせとのことで、その場には既に美凪嬢が到着していた。そこからは計四人での行動となった。佳乃嬢や美凪嬢の話によると、ここからカッパ渕までは歩いて30分位とのことだった。
「しかし女史も言っていたが、河童の目撃例はないのであろう?」
 カッパ渕へ向かう道程、私は以前女史と交わした話を思い起こした。女史の話によれば、カッパ渕での河童の目撃例はないという。日本全国河童の話はよく聞くものだが、どれも伝説の域を出ない。恐らくこれから向かうカッパ渕もそういった伝説が語り継がれている場所に過ぎないのであろう。
「はい……。実際に目撃したと仰る方もいますが……、流言の域を出ないものでしょう。もっとも私は、河童は地球上の生物ではなく地球外知的生命体であるという、あすかあきお氏の説を支持していますが……」
「地球外知的生命体。つまりは宇宙人ということか?」
「はい……。河童は近年目撃が相次いでいる”グレイ”タイプの地球外知的生命体との共通点が数多く見られるとのことでした……」
「しかし随分とまた突拍子な説だな」
 美凪嬢の河童は宇宙人であるという説。なかなか面白い説ではあるが、これこそ空想の域を出ない説であろう。
「では問いますが……、何故突拍子だと思うのです?」
「それは、そもそも宇宙人がこの地球に来ているという考えが空想の産物に過ぎないと思うからだ」
 もっとも、宇宙人の存在そのものまでは否定しない。夜になれば輝き出す無数の星々、それら全てが太陽と同じ恒星なのだ。それだけ宇宙には生命の源となる恒星が満ち溢れているのだ。
 ならばそれら恒星からなる惑星列の中には、この地球のように大気と大地に囲まれた星があっても不思議ではない。寧ろ、地球以外に存在しない事の方があり得ないだろう。
 しかし、それらの恒星はこの地球から遥か離れた場所にある。そんな所からこの地球に訪れるのは不可能に等しい事であろう。
「確かに地球外知的生命体がこの地球に訪れる筈がないという考えは……、一般的な見解であります。一番近い恒星までも光の早さで四光年かかると言われています……。
 ただ、これはあくまで一般論に過ぎません……。冷静に思考し見解や視野を広げれば、その可能性も決して0ではないとの考えに至る筈です」
「ほう。ということは遠野嬢はその考えに至っているという訳だな」
「ええ……。そもそも他の恒星が”遠い”という考えの元となっている光年という概念。これは光より速い物が存在しないから、時間を測る一つの概念となっています。
 ただ問題なのは、その光の速さの元となっている時間軸です……。確かに光より速い物質はそうないでしょう。ですが、その光年の元となっている時間軸は、”地球時間”に過ぎないという事です」
「地球時間……?」
「一日が24時間、一年が365日という地球の自転と公転から導き出された時間軸です。所謂光年の一年も、この時間軸を基本としています……。ここで争点となるのは、この時間軸で他の地球外知的生命体が住む星の時間軸まで測られるかという事です……」
「むぅっ!」
 美凪嬢の話を聞いて、私はハッとした。成程、よく光の速さとか聞くが、それはあくまで”地球人”の観念に過ぎない。他の惑星に住む者までがその観念に従っている訳はない。他の惑星には、その惑星の自転や公転から導き出された”地球時間”とは全く違う時間軸が形成されている筈である。ということは……
「つまりは、仮に一日を地球時間における50時間、一年を地球時間における500日が、ある惑星の時間軸だとしたら……」
「お分かり頂けたようですね……。つまり、普段我々が使用している時間軸は、あくまで地球という物差しから求めた時間軸に過ぎず……、その物差しで他の惑星や宇宙の時間軸までは測ることは出来ないということです。
 一日が24時間で一年が365日の地球時間の一年を時間に換算しますと、24×365で8760時間……。一日が50時間で一年が500日の惑星の一年を時間に換算しますと、50×500で25000時間……。その基本となる時間軸の比率は、およそ1:3になります。
 もっとも、これは一時間を60分と仮定して換算したものでして、一時間が80分や100分だったりしましたならば、またそれより短い時間軸も違いましたなら、時間の差は遥かに広まります……。
 仮に一日が50時間で一年が500日の惑星の平均寿命が”その惑星での80歳”だとしましたなら、25000×80で2000000時間……。比較対象の地球における80歳は、700800時間……。
 つまりは同じ80歳だとしても、”地球人”の80歳の3倍近くは生きているということになります……。
 そのような地球外知的生命体の住まう惑星が存在し、地球より優れた光の速さに辿り着ける技術があったとしましたなら、意外に簡単に他の惑星と交流がもてるかもしれません……。
 もっとも、そんな惑星の存在すら、ましてやその惑星に知的生命体が住んでいるという目撃例は、今の所まだありません。ですから私のこの論も、現時点では仮説の域を出ません……。
 ただ、そう言った”地球という物差しに捕らわれない考え方”をすれば、地球外知的生命体が地球に来られないという考えは、完璧な説得性に基いた論ではないことが分かる筈です……」
 成程。そう考えれば河童=宇宙人という考えも空想とは言えなくなる。しかし、美凪嬢の話を聞いて一つ思う所があった。科学者という存在は、如何に近視眼で世の中を見ているかということだ。
 自分達はさも世の中で一番頭が切れるように振る舞い、宇宙人や霊魂の存在を唱える者達の論を”非科学的”の一言で片付けるが、地球という物差しでしか物事を測っていない科学者達の方こそ、よっぽど非科学的ではないか。
(世の中の”常識”と言われるものは、地球という物差し、そして何より人間という物差しで測った”常識”に過ぎないということよ。力を持っている貴方なら、この意味がよく分かるでしょ?)
(ん? 何だ、頭の中に声が聞えて来る……)
 一人思考していると、突然頭の中に声が聞えて来た。この声からして、発信元は真琴嬢であろう。
(所謂テレパシーというものか。真琴嬢の有している力はこんなことも出来るのであるな……)
(ええ。もっとも、こういう形で自分の想いを伝え合えるのは、力を持つ者同士でしか出来ないけど……)
「ふ〜ん、遠野先輩はそう考えてるんだ〜」
「ほう、では佳乃嬢はどう考えておるのだ?」
 如何にも自分は違う考え方をしているという態度を取る佳乃嬢に、私は訊ねてみた。
「これはお父さんやお姉ちゃんの受け売りになるけど、『伝説や伝承の奥には、必ずそれの元となった真実が存在する』。だから遠野先輩の考えが一つの真実と考えることも出来るけど、私はちょっと違う考えかなぁ〜」
「それはどういう考えなのだ?」
「えっと、それはね……。ううん、今話すのは止めとく。物凄く哀しいお話だから……」
「哀しい話?」
「うん。その河童の伝承の元になっている話がね……」
 河童にまつわる哀しい話、それがどういった話か気にはなる。しかし、これから楽しい思い出を作るような行為を行なうのに哀しい話をするのは、その行為に水を差すことにもなるのだろう。元の話は女史も知っているであろうから、カッパ渕から戻った後にでも訊いてみるとしよう。



「到着だよぉ〜」
「到着? 何処にも淵らしきものが見えぬが…」
「河童渕は、この寺の奥にあるのですよ……」
 飢饉の碑から歩いて30分、到着した場所は一見何処にでもあるようなであった。この奥に目的の場所があると言われてもピンと来ないが、そう言えば以前女史が河童渕はとある寺の奥にあると言っていた気がする。
「むっ、この気配は……」
 河童渕がある寺に到着した刹那、頭の中に一種の超音波のようなものが遮った。それは以前感じたことがあるものだった。そう、真琴嬢が力を使った時に感じた……
「往人さん、貴方も感じたようね……」
「ああ。どうやら近くに何かしらの力を持った者がいるようだな……」
 ギギャィィィ〜〜!!
 力が発動した瞬間に聞えた超音波の一種、その音を感じ取った次の瞬間、私の方へ小型のおもちゃの車が走って近付いて来た。
「おもちゃの車? 近所の子供が寺で走らせているのか」
 そう思いながらも踏み付けては悪いと思い、私は全速力で走って来たおもちゃの車を咄嗟に避けた。
「往人さん気を付けて、そのミニ四駆はただのミニ四駆じゃないわ! そのミニ四駆の名は皇帝エンペラー!! タロットカードで暗示された幽波紋スタンドの一つよ!」
「ミニ四駆? スタンド? ぐはっ!」
 真琴嬢の口から聞き慣れない言葉が出たと思った瞬間、後頭部に何かが当たった。その突然の衝撃に、私は前屈みに地面に滑り転んでしまった。
「言ってる側から……。いい? あのミニ四駆はただのミニ四駆じゃなく、スタンドそのものなのよ。だから自由に軌道を変えることが出来るのよ」
「ということは、今私の頭をかすめたのは……」
「そう、皇帝エンペラーよ。そしてエンペラーのスタンド使いは……兄様! 何処にいるの!!」
 真琴嬢の今の反応からすると、皇帝エンペラーのスタンドを使っていたのは私が車中で邂逅したあの男……。これがあの男の力というわけか。しかし、何か引っ掛かるものがある。
「何処を見ている、私はここだ、ここにいる!」
「兄様!」
 立ち上がり声の聞こえる方に目を向けると、寺の門の奥から男が現れた。間違いない、目の前にいる男は、私が電車で邂逅したあの男だ。
「答えろ、マイシスター! 我等が兄妹はっ!!」
「極東の~風よ〜!」
「全新!」
「傳承っ!!」
『亞細亞狹亂!! 見よ! 旭日旗は赤くはためいているぅぅぅ〜〜!!』
 真琴嬢とその兄は互いに鬨の声の様な掛声を上げ、目にも止まらぬ速さで拳を交わし、そして最後に互いの拳と拳をぶつけ合った。
「キャア、兄様久し振り〜〜」
「わっ。まったく、相変わらずだな真琴は」
 一連の動作が終わった瞬間いきなり自分の兄に抱き付く真琴嬢。兄の台詞からも分かるように、自分の気持ちを何の躊躇いもなく相手にぶつけるのがこの真琴という少女なのであろう。しかしこれで疑惑が確信へと変わった。
「一応訊くが、ここに来てから今に至るまでの一連の出来事は、すべて一種のデモンストレーションか……?」
「そうよ。予め兄様と打ち合わせしていたのよ」
 あっさりとネタ晴らしをする真琴嬢。どうやら私はこの兄妹にまんまとはめられたようである。
「でも、兄様。やっぱり高い所から飛び降りなきゃ格好がつかないわよ」
「だから何度も言うけど私は高い所が苦手なんだ。それにお前の方こそ最後に抱き付いて号泣しなきゃ締まらないだろ」
「逢いたかった気持ちがめいいっぱい出てたから別にいいじゃないのよぅ」
 デモンストレーションに不満があったのか、互いに駄目出しをする二人。しかし一見喧嘩しているようにも見えるが、仲の良い同士がからかい合っているという感じである。
「と、少し悪戯が過ぎましたが、この間電車でお会いした以来ですね。どうも、私は相沢祐一という者です」
「祐一か。私は鬼柳往人という者だ」
 襟を正し流暢な敬語調の言い回しで自己紹介をする祐一に対し、私も自己紹介をし、共に手を交わした。
「ところで、兄様。予定だとあゆ姉様も一緒に来るって話だと思ったけど」
「ああ、あゆは聖さんの所に顔を出している。それと久し振り、美凪ちゃん」
「はい、ご無沙汰しております、兄上様……」
「兄上様……?」
 祐一に対する美凪嬢の変わった呼称に、私は微妙な違和感を抱いた。祐一を兄と呼ぶのはそれなりの尊称なのだろうが、この少女からそんな言葉が出るのは何となくだが違和感を抱いてしまう。
「ええ……。私にとってこの方は兄に当たる方ですから」
 そう語る美凪嬢の祐一に向けられている視線は、確かに頼り甲斐のある先輩を見る目というよりは、自分の心の許せる兄を見るような目であった。
 だが、その感覚は分からなくはない。この祐一という男には人を優しく包み込んでくれるような不思議な魅力を感じる。その感覚は車中で初めて邂逅した時既に感じていたものであったが、再び会い確かなものとなった。
「一人見掛けない顔がいるけど、君が佳乃ちゃんかな?」
「えっ、は、はいっ」
 先程から私達の仕草を呆然と見ているだけだった佳乃嬢は、突然祐一に声を掛けられた事により、可愛らしい動揺を見せながら祐一の問いに答えた。
「初めまして。いつも真琴が世話になってるね」
「あたしの方こそ初めまして。何だか分かるな、遠野先輩が祐一さんのことお兄さんのように慕うのが」
 どうやら佳乃嬢も私と同じ感覚を抱いたようだ。それにしてもこの祐一の不思議な魅力は一体何処から溢れ出てるものなのだろう。
「ところで祐一殿。先程の行為はやはり私と同じ力を使ったのか?」
「ええ。察しの通り貴方の力と大元は同じものです。さっきのはまあ、電車の中での人形劇のお返しですよ」
「フッ、味な真似を……」
 多少悪戯が過ぎたと自戒していたが、今思えばなかなか楽しめたデモンストレーションだった。それに今後の自分の力を用いた芸の参考にもなった。この間のお礼としては充分過ぎるものだった。
「では折角観光地に来たことですし、一緒にカッパ渕でも眺めに行きますか」
「そうだな」
 たった数分の会話で、あたかも数年来の親友の様な感覚を抱ける祐一を含め、私達はカッパ渕へと改めて向かって行った。



「さてこの常堅寺、寺の裏手側にあるカッパ渕が有名ですが……、他にも見所があります。例えば入り口の門の仁王像やこの河童狛犬など……」
 美凪嬢に案内された場所には奇妙な形の狛犬があった。遠目から見た感じでは何処にもある狛犬だが、よくよく見ると頭の部分が皿の形をしていた。
 成程、確かに河童の狛犬と言えるものである。しかしその顔の容姿がまるっきり狛犬であるのに頭だけ河童であるというのは、奇妙というよりは滑稽である。
「表の仁王像は東大寺南大門の金剛力士像のパチもんっていう感じだったけど、この狛犬はなかなか珍妙な代物だな」
「そういう兄上様は本物の金剛力士像を見たことがあるのですか……?」
「ああ、修学旅行でな。そういえば美凪ちゃんは今年修学旅行だよね。その時にでも見てくればいいさ」
「はい……。では気を取り直して、お次はカッパ渕に案内致します」
 何時の間にかナビゲーターを務めていた美凪嬢に先導され、私達はカッパ渕へと向かった。
戦没者慰霊碑か……」
「どうかしたか、祐一殿?」
 カッパ渕に向かう途中、祐一がふと足を止めたので、私もそれに付き従った。祐一の視線の先に目を向けると、そこには祐一の言う通り、戦没者慰霊碑みたいなのがあった。
 慰霊碑には「忠魂碑」と書かれており、碑の頭は弾丸とも爆弾とも取れる石碑が施されていた。
「大東亜戦争戦没者。この碑は歴史を正しく伝えているな」
 祐一に続き、私も慰霊碑の右手横にある石碑に目を向けた。その石碑には、慰霊碑に奉られている人々の名が記されていた。
 古くは日清戦争や八甲田山での雪中行軍で命を落とした英霊達の名が、そして戦後「太平洋戦争」と戦勝国のエゴにより名を歪められ後世に語り継がれているあの、、戦争は、正しき名で石碑に記されていた。
「河童関連の物にしか目をやらない観光者が多い中……、よくその慰霊碑に目を向けて下さいました。この地に生まれ育ち自衛官の父を持つ者として、その行為に素直に感謝致します……」
「そう言えば美凪ちゃんのお父さんは自衛官だったっけ」
「はい……。私の父も有事の際、もし命を落としたならば、この碑に奉られることでしょう……。そしてその御魂は靖國へと……」
 戦争で命を落とした者は英霊となり靖國神社へと奉られる。だがその一方で、この遠野に生まれ育ち戦争で命を落とした者はこうして寺に奉られている。
 神道と仏教、一つでしかない魂が二つの宗教に奉られる行為。それはその二つの宗教が長い歴史の中で生活と深く結び付く中で一体化を体現したからであろう。  他の国ではこの国のように、異なる二つの宗教が交わり共存することなど有り得ぬだろう。これもこの国ならではというところか。
「靖國か……」
「何か思うことがあるのか?」
 靖国神社の名が出た途端、祐一が空の方を眺め物思いに耽っていた。一体何か思うことがあるのだろうかと私は訊ねてみた。
「いえ。あの地は色々と因縁がある場所なのですよ」
「因縁か。確かに毎年の様に中国や韓国が五月蝿いな」
 この時期になると、毎年必ずといって言い程、中韓の靖國批判が聞こえてくる。やれ首相の靖國参拝は極めて遺憾だ、やれA級戦犯の合祀は止めろだとか、執拗に非難をしてくる。
 自国の代表が祖国の為に命を賭して闘った英霊を称えるのはどこの国でもやっていることだし、A級戦犯に至っては戦勝国が自分達の価値観で勝手に名指ししたものだ。
 戦勝国にとってそれ程憎む相手ならば、それは我々にとって英雄に等しい者達だ。第一日本が戦っていたのは国民党政権の中華民国であり、現共産党の支配する中華人民共和国ではない。韓国に至っては日本の併合化にあり、戦勝国ですらない。
 彼等は基本的に日本が直接戦った相手ではない。従って中韓の言い分に従う義理など微塵もないであろう。
「それもありますけど、もっと昔、旧暦の8月15日に起こった悲劇。そしてその時交わされた遥か遠き日の約束……」
(遥か遠き日の約束……!?)
 それは私が幼き時より聞かされた母の言葉。しかし、祐一のいう遥か遠き日の約束が、私が受け継いだ遥か遠き日の約束と同じかは定かではない。第一私は、旧暦の8月15日に何が起きたのか全く知らないのだから。
「しかし、あと一ヶ月と少しだな……」
 梅雨の抜け切らない七月上旬の空は、今日も今でも雨が降り出しそうな曇り空だった。この空が晴れ渡る時到来する夏。夏が来れば思い出す、今では殆ど風化されたあの戦争の追憶……。
『英霊達に敬礼!』
 私と祐一はそう慰霊碑に敬礼し、本来の目的地へと足を踏み入れて行った。



「皆さん……、この小川の奥にあるのがカッパ渕です」
 寺の門を潜り寺の裏の方に暫く歩くと、美凪嬢が手前に見える小川を指差した。どうやら目指すカッパ渕までもうすぐのようだ。
「成程、悪い風景ではないな」
 カッパ渕は小川に掛かった橋を渡った右手側にあるとのことだった。その小川に掛かった橋を渡りながら、私はふとカッパ淵のある小川の先を見てみた。
 鬱蒼とした木々、小鳥のさえずりのような川のせせらぎ。小川の先から僅かに照らし出す日輪の輝きは木々の姿を小川に投影し、その神秘さを寄り際立たせていた。民話の里遠野、ようやくその舞台に相応しい場所に足を踏み入れられたようだ。
「そしてここがカッパ渕です……」
 橋の先の小川を右手にした小道を暫く歩いた先に、目的のカッパ渕が見えて来た。有名な観光地とのことだったが、早朝のせいか日曜日にも関わらず、他の観光者の姿はなかった。
 そのせいもあり、辺りは粛然とした空気が流れ、自然の美しさを何の弊害もなく伝えていた。そして淵の側には小さな祠が建てられており、周囲には河童の石像が建てられていた。
「何々、『遠野の河童は顔が赤いといわれその伝説は数多く残っている』か……。しかし普通の河童の顔は緑で遠野の河童が赤となると、まるでシャア専用だな」
「ええ……。遠野の河童は通常の3倍の速さで泳ぐと伝えられております」
「その上14歳以下の少女にしか悪戯しないんだよぉ〜」
「シャア専用なだけにしっかりとロリコンなエロ河童なワケね」
 私が淵に目をやっている間、他の四人は淵の横を通る小道に建てられた立て札に目をやっていた。しかし交わしている会話は、内容からして冗談であろう。
「時にこの祠に関しては何か詳細が書かれておるか?」
 立て札が建てられている場所から推察してこの祠に関しての詳細も書かれておると思い、私は祐一達にその確認を頼んだ。
「ええ。『この阿部屋敷の水ごうの流れ淵には河童駒引きの伝説を伝える河童神様を祀っている。洞の中には乳首の縫いぐるみが奉納されており、乳の信仰に転化している興味深い民俗がある』と記されていますね」
「主に子供を無事産めるようにと……、出産の願いを込める方々がよく訪れていますね」
「出産か。説明読んだ感じだと貧乳にお悩みの女性が少しでも胸が大きくなるようにとの信仰だと思ったんだが……」
「出産か……」
 医療技術の発達した今となっては出産の成功率はかなり高くなったであろうが、昔は命懸けの行為であったと聞く。
 医療技術が進歩した今でさえそうやって出産の無事を懇願する人が後を絶たないのだ。ましてや今より出産成功率の低い昔ならば、その懇願は今以上に強い想いの込められたものだったに違いない。
 ピィィ……
(この感じ……!? 真琴嬢か、それとも祐一殿……?)
 祠に近付きその中に手を伸ばそうとした刹那、突然あの音が頭の中を遮った。
(いいえ、私じゃないわ。それに兄様のでもない……)
(何だと!?)
 ピィィ……ピィィ……ピィィィィィ…………
(クッ、なんだこの感じ!? いつもなら一瞬しか聞えぬのに絶え間なく響き続ける……!)
 しかし音の発信源は真琴嬢でもなく祐一でもなく、そしていつもとは違い、断続的に私の頭の中に響き渡った。
 いつもとは違うこの感覚、一体何が起こっているのだ……!?


…第九話完

※後書き

 今回はいつもと少し趣向を変え、この間取材に行って来た時の写真をいくつか上げて見ました。作品の舞台となっている場所のイメージを少しでも広げられれば幸いです。
 さて、肝心のストーリーの方は、ようやく往人と祐一が再開したという感じです。しかし、書いた本人が言うのもアレですが、祐一の登場シーンマニアック過ぎですね(笑)。まずは『ダッシュ四駆郎』の主人公の四駆郎が操るミニ四駆、ダッシュ軍団一号機「皇帝エンペラー」に、『ジョジョの奇妙な冒険』のホル=ホースの幽波紋スタンド、「皇帝エンペラー」を掛けたネタ。そして『機動武闘伝Gガンダム』の「流派東方不敗は王者の風よ!!〜見よ!東方は赤く燃えている〜!!」のパロディ。こうして説明でもしないと、元ネタの全てが分かった方はそういないでしょう(笑)。
 そして、最後に往人が感じた超音波、この正体は如何に!?という所で次回に続いていますが、伏線に値するものは今回色々と張っておきましたので、色々と展開を予想して見て下さいね。
 今回次回が気になるような展開で終わらせましたので、次回は早く仕上がるよう頑張ります。
※平成17年2月5日、改訂

第拾話へ


戻る